愛という名の縄、慈悲という名の手放し

先達て、東京・池袋のサンシャインシティにおいて、若き女性が元交際相手の手によって命を奪われるという、極めて凄惨な事件が起きました。
警察による度重なる対応や接近禁止命令が出されていたにもかかわらず、最悪の結末を防ぐことはできませんでした。
こうしたストーカーにまつわる凶行は、これまでも、そして今この瞬間も絶えることなく続き、深刻な社会問題として私たちに重くのしかかっています。
しかし、胸の奥底で渦巻く「あの人に惹かれる」「失いたくない」という初期衝動のところだけ捉えれば、それが純粋な情熱ではなく、狂気的な執着であっても、それらは実は紙一重の、ほとんど同じものなのではないでしょうか。
私たちはこうした事件を耳にするたび、加害者の異常性ばかりに目を奪われがちですが、寝ても覚めてもその人のことを考え、世界の中心がその人になり、強く結びつきたいと渇望する、本人の主観的な熱量としては、どちらも「これほどまでに人を好きになったことはない」という切実な想いのかたちとして同じもののはずです。

仏教では、私たちが「愛」と呼ぶものの多くには、知らず知らずのうちに「渇愛(かつあい)」、すなわち”飢えに苦しむ執着”が混ざっていると説きます。
皮肉なことに、愛情が深まれば深まるほど、そこには「失うことへの恐怖」という副作用がセットで付いてきます。その恐怖によってまず自分自身ががんじがらめに縛られ、その苦しさに耐えかねて、楽になりたくて、今度は相手をも自分の思い通りにしようと縛りつけてしまう…これが、愛が深まるプロセスに潜む、人間の深い「業(ごう)」の姿です。
この境界線をくっきりとあぶり出したのが、大岡裁きの『子争い』の寓話です。
1人の子供を巡って2人の母親が両腕を引っ張り合い、子供が痛がって泣いたとき、「渡したくない」と力任せに引っ張り続けたのが偽の親であり、子供の痛みに耐えかねて、身を切られる思いでパッと手を離したのが本物の親でした。
自分の不安を解消するために相手をコントロールしようとし、相手の拒絶や苦痛のサインを無視して腕を引っ張り続けること。それはもはや愛ではなく、自己愛の暴走によるただの支配行為です。
本当に相手を想うということは、自分が手を離せば相手を失ってしまうという絶望的な恐怖よりも、「今、相手が傷ついている」という事実を優先し、自分の寂しさや痛みを自ら引き受けてでも「パッと手を離せる」心の強さを持つことではないでしょうか。

ストーカーの問題を、決して自分とは無縁の「異常者の奇行」として切り捨てるのではなく、地続きの人間心理として構造的に理解し、自分自身の心に潜む「業」を俯瞰する目を持つことが大事です。
そして、その先にある真の救いこそが、仏教の説く「慈悲(じひ)」の心です。 慈悲とは、相手を自分の所有物として縛る「執着の愛」を超え、相手を一人の独立した人間として、その苦しみを除き、幸せを願う心です。
誰かを深く想う危うさを抱えながらも、自分の胸にそこはかとない恐怖や不安がふと生まれたとき、一歩引いて「手放す勇気」を持つこと。それが慈悲の実践の第一歩となるでしょう。
この慈悲の心、そして「手放す勇気」を支えてくれるのは、特定の一人だけに執着し、孤立を深めてしまうのではない、多面的な「人同士のつながり」です。
喜びを分かち合って共に笑い、悲しみを分かち合って共に泣くことができる。世代を超えた「縦のつながり」や、友人や地域といった「横のつながり」。そうした温かな関係性を日頃から大切に育んでいくことが、私たちを執着の闇から鮮やかに救い出してくれます。

人に欲望がある限り、この闇が消え去ることはないのかもしれません。ですが、自分を縛る縄が強くなりすぎたとき、それを緩めてくれるのは、執着の対象となる特定の誰かではなく、私たちを取り巻く豊かな人の輪に他なりません。
愛の持つ業の深さを静かに見つめつつも、人と人との多面的な温もりに救いを求め、共に支え合って生きていく。その智慧と慈悲の心が、私たちの社会に広く行き渡ることを願ってやみません。

山の実りと人の暮らし

近年、クマの人里出没による人身被害、農作物の被害が目立つようになりました。各地で報道も相次ぎ、山間地域で暮らす人々にとっては、身近な安全上の問題として深刻さを増しています。
この問題、特に日本においては、単に「クマの数が増えた」だけでは説明できない複数の要因が重なっています。

1970年代以降、世界的な鳥獣保護の動向を背景に、法令規制によって狩猟の機会が減ったことでクマの個体数が回復した一方、田舎の過疎化と高齢化が着実に進行し、特に山沿いの集落では人の営みが次第に縮小しました。手入れの途絶えた畑や果樹園、放置された農地が広がり、かつて人の生活があった場所が静かに自然な姿へと戻りつつあります。そうした土地に野生動物が入り込むのは、ある意味で必然とも言えるでしょう。

さらに近年は、気候変動の影響で山の実りそのものにも異変が起きています。夏から秋にかけての高温や降雨パターンの変化により、ブナやナラなどの木の実が不作となる年が増えています。果樹もまた高温障害を受けやすくなり、かつて山で豊富に実っていた食料が減少しています。
冬季が著しく温暖になったことにより、冬眠期間が短くなったり、そもそも冬眠自体をしなくなった熊も居るそうです。これにより、お腹を空かせたクマが人里の柿や栗、農作物へと餌を求めてはるばる下りてくるケースが増えているのです。

山村地域の生活基盤が弱まっていることも、こうした状況を助長しています。
実りの管理が難しくなり、空き家や耕作放棄地が増えたことで人獣それぞれの生活圏の緩衝地帯が無くなり、互いに近づきやすい環境が整ってしまいました。
行政や地域の管理体制も人手や専門家が慢性的に不足していて十分とはいえず、人の匂いに慣れきってしまったクマが繰り返し人里に現れる例も少なくありません。

さて、このような状況は、単なる「自然の変調」と片づけられるものではありません。人間社会の複雑な構造変化や地域コミュニティの衰退、そして気候変動による影響が複雑に絡み合った、地球環境と生態系全体の変化による課題です。
少子高齢化や人口減少が確実に進むなかで、先ずは山間の温泉地や観光地などで、これからの安全確保や経営の在り方が順次問われていくでしょう。

仏教の「縁起」の教えに照らせば、クマの出没は偶然の出来事ではなく、人の暮らし方と自然環境の移り変わりが因として結びついた結果です。恐怖や排除の感情だけで終わらせず、私たちの暮らしそのものを見直す契機とすることが大切ではないでしょうか。
山に還るものがあれば、人に還るものもあります。いのちが互いに影響し合う世界の中で、これから私たちはどのように自然との関わりを結び直していくのか、静かな焦燥感をもって考えさせられる今日この頃でございます。