前門の熊 後門のAI

昨今、熊による人身被害のニュースを見聞きする機会が著しく増えました。
かつては山奥の限定的な場所の出来事として受け止められていたものが、近年では住宅地の近くや通学路、さらには街中の商業施設の周辺で報じられることさえもあります。
このある種異常な状況の背景には、気候や自然環境の変化、人口減少による山林管理の問題など、さまざまな要因があるとされています。

一方で、この数年で急速に存在感を増したものがあります。AIです。
文章を書き、画像を作り、調べものを手伝い、ときにはリアルな人間と遜色のないレベルの会話もする。ほんの数年前までは一部の専門家だけに通じる話題だった技術が、いまや誰もが日常的に触れるものとなりました。
そんな便利さを歓迎する声がある一方で、仕事や教育、情報のあり方が大きく変わること、存続への不安も多く聞かれます。

熊とAI。並べてみると何とも異質な組み合わせですが、どちらにも共通する背景があります。それは、私たちを取り巻く環境が、思っている以上の速さで変化している、ということです。

振り返れば、世の中は昔から変わり続けてきました。しかし近年は、その変化の速度そのものが増しているように感じます。
気候、人口動態、働き方、技術、価値観、それら全てが変わり、そしてひとつひとつの変化に慣れる間もなく、待った無しにまた次の変化が訪れます。
そのためでしょうか。最近は漠然とした不安を抱えている人が少なくないように感じます。
何が不安なのかと問われると、うまく言葉にはできない。しかし、何となく落ち着かない。先の見通しが立てにくい。そんな感覚です。

けれども、変化そのものを恐れていても状況は変わりません。熊の問題、AIの問題、どれも社会環境や構造の変化のひとつとして向き合い、これらとこれからどう付き合っていくか。
不安はいつも、分からないことから生まれます。まずは事実を知ること。そして、何が起きているのかを冷静に見つめることが大事です。
状況を把握し、問題を理解し、自分にできることを考え、実際に動き始める。そこからしか、本当の意味での「備え」は始まらないように思います。

世の中はこれからも変わり続けるのでしょう。
熊の出没も、AIの進歩も、その変化のうちの一つに過ぎません。これから先も、私たちの予想を超える出来事が次々と現れるかもしれません。
しかし、変化の只中で何を大切にするのかは、私たち自身が選ぶことができます。技術がどれほど進歩しても、人と人とが支え合うことの大切さは変わりません。社会の姿が変わっても、思いやりや感謝の心まで古くなるわけではありません。
変わりゆく世の中を正しく見つめながら、自分の足元を確かめて能動的に歩む。そんな姿勢をいつも忘れずに生きていたいものです。

晴耕雨読

六月に入り、東海地方も梅雨入りとなりました。
境内も湿り気を帯び、そこはかとなく伝わる空気の重たさに季節の移ろいを感じております。

雨の日は、どうしても外に出る足が遠のきがちです。
けれども、静かに降り続く雨の音に耳を澄ませていると、不思議と気持ちが落ち着いてくるものです。

最近は、ひょんなことから始めた写経にあわせて、毛筆や硬筆の練習にも少し力を入れております。
一文字一文字を念入りに書いていると、その時々の気持ちがそのまま線に現れてくるように感じます。

なかなか思うようには整いませんが、繰り返し向き合ううちに、少しずつ心も整っていくようです。
窓の向こう、雨を掻い潜って走り抜ける車の音とは裏腹に、内側が静かになる時間でもあります。

これからしばらく蒸し暑さの続く季節ですが、どうぞ無理をなさらずお過ごしください。
今日の雨のひとときが、少しでもあなたの心を休める時間となりますように。合掌。